Friday, October 05, 2012

夜気

つめたい夜気。
日中はまだまだ残暑がありますが、夜はすっかり涼しくなりましたね。鈴虫もいつの間にやら。

夜の空気というのは、春、夏、秋、冬、いずれにしても(春、夏、冬は特に)匂いが強くて、しみじみと考えごとをしたり昔のことを思い出したりしますな。夜の空気。実際僕が空気の在ることを強く感じるのは、なにかの匂いを感じたときが主で、嗅覚が一番敏感なだけかもしれないが、それくらい匂いというものは僕の小さくない部分を占めている。

以前話したことだが、我々が知っている夜気をかたちづくる要素として、 街が眠っていること も大きい。生物がもし朝寝て夕方起きる暮らしをしていたら、夜のあり方も大きく変わっていただろう。ちょっとだけそういう世界に暮らしたい気もしないではない。僕が静かなものを比較的好むこともあってか、暗くて静かな夜というのは、それだけで落ち着く。空気は夜にありて思いうるものかもしれない。まったく最上の善である。

(すこしここで補足をするが、この blog で僕が自己紹介している通り、おそらく僕にとって 善いものは善い のであり、 善い と言う場合はそうとしか思わない場合にとどめている。 善 から 真理 の話などに自然に拡張できるが、物凄く消耗するし今回の本筋ではないのでいずれ(物凄く消耗する と書きましたが、そのお題を拒んでいるのではありません。それについての話してみたさは常にあるのです、自発的にはきっかけを作りづらいだけで)

さて、夜気の善。
春先から晩秋にかけては、夜の空気は暑すぎず冷たすぎず(熱帯夜なんかはまた別の話だが)大変な散歩日和(?)である。歩いている道のそばに田んぼや林があったり、雨が降ってたりなんか(雨が降ると心理的負担が多少生まれることが多いが、今は措く)すると、空気に乗って流れてくる匂いに心酔してしまう。また、匂いを離れると、上空が素晴らしい。星が素晴らしい空、月が素晴らしい空、雲が素晴らしい空。まわりに高い建物が無ければ、いちめんの夜空というとても贅沢なものを見られて、これも素晴らしい。

夜の匂いが強いのは、みるべきものが少ないからだろうか。日中は、物事を考えるでもなくぼんやり考えるというのが難しいが、夜気に包まれたとたんに気分が「減って」、たとえば外で散歩をしているときとかぼーっとしているときとか、そういう、気分の「減って」いる自分に気づいてはっとすることが多く、それは日中なかなか再現できるものではない。夜気には我々の気分を「減らす」効能があるのかもしれない。とすると我々が夜に惹かれるのは、夜気のそうした魅力があるからとも言えるな、などと考えると、夜/夜気のことを少しわかった気になることができてやけに気分の高揚することである。


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お題#1は「夜気」。ご提供ありがとうございました。僕自身(僕以外の多くの方もそうなのでしょうが)この語には思うところが多くて、あまりまとまりがなく且つやや風呂敷を広げすぎたな(そして若干 飯テロ 的様相を呈しているっぽいな)という感じはありますが、そのあたりは、たとえば A を入力すれば A にその 上下 左右 の事項をくっつけて出力する僕の性格が濃く出てると思って、大目に見て頂きたい。ともあれ、誰かと 善 を共有することはこれまた善いことで、 善 と思ったものは何でも(いや、そうである必要すらないのですが)投げてください。今回は初回なので多少あとがきを書きましたが、次回からは減ります。今一度お題提供に感謝。
 

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