もしかしたら、僕の使う 語句{好き} について、簡単にでも註をつけておいた方がいいのかもしれないな、などということをバックグラウンドで考えながら物を喋ったり書いたりしている中で、僕は反射的にその語句を使ってしまうことがある。その時は大抵「もう遅い」といったような感じで流すのだが、そういうような(バックグラウンドでそうしておきながら実際は未だそうしたことに慣れない)自分についてぼんやり考えると、僕は自分を被験者にしてなにかの実験を行っているような感覚をおぼえる。
「脚註・頭註のいらない」というのは、上記のような内容にかかわる註のことを言っているのではなくて、過程にかかわるもののことを言っているのかもしれないななどと思った。
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今年もよろしくお願いします。
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