どこの世界にも、それなりの教養とかを持って、かつ、自らの主張をばしばし言いまくり他への批判もしまくりというひとがいて、僕はまったくそういうひとではないので、そういうひとたちは単純にすごいなと思う。そういうひとたちからすれば、僕のような曖昧な立場の人間はナイーブに映るかもしれない。
「白痴」でムイシュキン公爵がそう描かれてるように、聖人君子みたいな(?)、ある意味「なにも主張しない」ようなひとは、現代の社会ではかえってナイーブな、「自分のなかで完結して『しまってる』ひと」として終わるのか、というアレがある。
これは具体的な選択のみでなく、僕の身の振り方とかにも言えると思うのだが、責任を伴い、一定の判断力を持った上で、A と B のどちらに立ってもいい、というときに、(たとえば)なぜ A の側に立つか、ということについて、そういう中庸さは、ある意味では十分にナイーブたり得るかもしれない、ということを、たぶん最近ずっとバックグラウンドで考えている。
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