Thursday, January 31, 2013

素晴らしいってどんなこと

僕はこのとき、僕はそこに到達すべく物事を考えてきたが結局はそれが可能かはわからないと前置きしたうえで、君の言葉は抽象さを突き抜けている、と言ったことがある。僕がその人をおもしろいと思うようになったのは、他でもない、その人のある発言が、実に(これは大いに語弊を生みうるが)素晴らしいものだったからだ。

昨晩の寝る直前、ふとした時にある考えが生まれ、少し考えるとともにメモを取っておいた。その考えの端緒は、上述の“言葉を突き抜けた抽象性”というのは、その言葉が何のメッセージ性をも、持っていない、あるいは伝えようとして発せられたものではないことによるのではないか、というものである。僕は幼い人の言動などについても同様にその抽象さなどについて考えるが、上のように考えてみると、なるほど確かにその線もありそうだぞ、と思えてしまいそうだったので、昨晩はそこまで深入りせなんだ。

ここで僕は「夜気に包まれると気分が『減る』」と書いているが、上述の“突き抜けた抽象性”とは、そのようにして「気分を『減らす』」ことの極限としてあるようにも思える、と言うのが昨晩の僕の、補遺のようだが実に重要な考えのひとつであったらしい。そして、その「気分を『減らす』」作用をするものを僕はどこかで「中身(内容?)のないもの」と書いたのだが、惜しいことにそれがどこだか忘れてしまっている。

それで、一晩経ってもう一度以上のことについて考えを巡らせてみたところ、僕だけでない、一般的な直感に訴えるかというのは別にしても、僕の直感にはすんなり受け入れられるし、整合性が取れていないわけでもなく、むしろ妥当ですらあると思える、というわけである。

(2013/1/31,8:28)

以下通常の日記

筆箱ありました(昨日の記事を参照してください)。よかった。
僕はもう、趣味を訊かれたときに「日記を書くこと」と答えていい。
今から40年くらい経った頃の僕は(生きていれば)どんなことを考えて生活しているんだろう、というようなことを考える機会が、今日は2回ほどあった。当然かもしれないが全く見当がつかない。
あなたは、あなた自身が「精神的貴族」であると思いますか?

(2013/1/31,19:38)

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